日野俊基を祀る葛原岡神社

こんにちは、矢口敏和です。今回は、葛原岡神社の歴史や特徴についてご紹介していきます。

「武家の都」をアピールする鎌倉には、比較的幕府寄りの寺社が多い土地として有名です。そんな中、鎌倉幕府を打倒した後醍醐天皇側に立つ代表的な寺社として「葛原岡神社」の名があげられます。

葛原岡神社の歴史について

葛原岡神社は、後醍醐天皇の忠臣「日野俊基」をお祀りする神社です。日野俊基は鎌倉幕府による政治を後醍醐天皇に傾けようとしたところ、鎌倉幕府に抑えられ葛原岡で1332年に最期を遂げました。

翌年1333年、新田義貞や楠木正成らの活躍によって鎌倉幕府は滅亡し、日野俊基の手によって鎌倉幕府を倒幕されることはできませんでしたが、倒幕の道を切り開いた人物として、「開運の神様」「学問の神様」と呼ばれ崇敬されています。

1887年、明治天皇が従三位を日野俊基に贈ったことで、全国の崇敬者や地元民の方々の協力のもと、葛原岡神社が無事に創建されました。

葛原岡神社の特徴

葛原岡神社には男石と女石がしめ縄で結ばれている縁結び石があり、良縁の御利益を得るために全国各地から多くの人々が足を運んでいます。社務所で赤い糸のついた500円玉をもらい、自分の手で縁結び石のしめ縄に結びつけます。カップルで訪れる人も多く、縁結び絵馬や恋みくじなどを引き、良縁・恋愛・結婚・幸せの成就を願う参拝者も多いようです。

さらに葛原岡神社には、縁結び石の他に厄除け効果のある魔去ル石があります。「魔が去る」を転じて勝るという意味があり、幸せを勝ちとる石として有名です。1枚100円の盃を購入し、思いきり盃を石にぶつけることで御利益をもらうという祈願方法です。魔が去るように力いっぱい石に盃をあてますが、万が一割れなかった場合は盃が割れるまで石にぶつけても良いとされています。

葛原岡神社の年中行事

【1月】歳旦祭・新年祭
【4月】合鎚稲荷社例祭
【6月】例大祭・大祓式
【12月】俊基卿祭・大祓式・除夜祭

6月を覗いた毎月3日は、月次祭が執り行われています。神社に隣接する畑にはブランド化されている鎌倉の農産物や桜の木があるので、四季折々の自然を垣間見ることができるでしょう。

葛原岡神社の見どころ

葛原岡神社の見どころは、縁結び石や魔去ル石がとても有名です。葛原岡神社を含む源氏山公園一帯には、たくさんの植物が植えられているので静かにゆったりと自然散策するにもおすすめのスポットです。

アクセス

所在地:神奈川県鎌倉市山ノ内1157
交通アクセス:JR横須賀線「鎌倉駅」から徒歩35分程度(タクシーで約10分)
駐車場:無料駐車場有り(約10台)

鎌倉唯一の尼寺「英勝寺」

こんにちは、矢口敏和です。今回は、神奈川県鎌倉市にある浄土宗の寺院「英勝寺」ついてご紹介していきます。

鎌倉には国の重要文化財に指定された歴史建造物や寺社が点在しています。鎌倉の武家政権の中心地として様々な歴史と共に歩んできた鎌倉に、寺巡りをしに訪れる方も多いのではないでしょうか。

英勝寺の歴史

英勝寺は寛永13年(1636年)に建立されました。初期の江戸城を手がけた大田道灌の子孫「英勝院尼」が建てた尼寺として有名な寺院で、江戸時代では、総門に三葉葵の紋が挙がり水戸御殿と呼ばれる程格式の高い場所とされています。

仏殿、祠堂、唐門、鐘桜は江戸時代の初期に建築されましたが、鎌倉だけでなく当時の江戸時代のまま残されている貴重な寺院となっています。また、英勝寺は尼寺ということもあり、明治35年に寺法が変わった後、臨済宗円覚寺派の男僧寺になったことも有名です。

英勝寺の特徴や魅力

英勝寺には、江戸時代のまま残された建造物や仏像彫刻、石仏、石塔、絵画、書跡、典籍、工芸などが300点以上貯蔵されています。その中の多くが国・県・市の指定文化財となっており見どころがたくさんあります。

・総門

1643年に徳川瀬房の子ども「松平頼重」によって建立しました。1923年の関東大震災で全壊しましたが再建した後、国の重要文化財として指定されます。

・仏殿

1636年に英勝院によって建立された寺院です。運慶作の阿弥陀如来立像が安置されており、格式の高い尼寺として装飾が施されています。

・唐門

国の重要文化財に指定されていて、江戸時代初期の高度な技術であった両面透かし彫りのボタンの花があしらわれています。

・鐘桜

江戸時代初期に建築された鐘桜がそのまま残されています。スカートを履いたような可愛らしいフォルムが特徴的で、2013年に国重要文化財に指定されました。

・竹林

報国寺は竹林がある寺院として有名ですが、英勝寺にも風情ある背の高い竹林が広がっています。遊歩道が整備されていて、午後からは竹林の隙間から西日が指す風景を楽しむことができます。

・阿弥陀如来像

英勝寺の御本尊となる阿弥陀如来像は、徳川家康によって寄進されたものです。阿弥陀如来像の脇待ちには勢至菩薩と観音菩薩が祀られています。

見どころ

英勝寺は、文化的価値が非常に高い上、境内にある四季折々の花たちを眺めることができる美しい寺院です。また、尼寺らしい繊細な気遣いや綺麗に整えられた庭園を周遊することもできます。毎月末は、お抹茶をいただくことができるお茶席を利用することができるので、拝観に来られた際に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

アクセス

【所在地】
鎌倉市扇ガ谷1-16-3

【交通アクセス】
JR横須賀線「鎌倉駅」西口から徒歩15分

閻魔大王の寺院、円応寺

こんにちは、矢口敏和です。今回は閻魔大王の寺院、「円応寺」をご紹介します。

死後に出会う神々を祀る寺として有名な円応寺は、神奈川県鎌倉市に所在する臨済宗建長寺派の寺院です。本尊は閻魔大王や笑い閻魔、子育て閻魔とも呼ばれ、ご利益のある寺院として毎年多くの参拝者が訪れています。

円応寺の歴史

円応寺は、1250年に建長寺開山蘭渓道隆の弟子にあたる知覚禅師によって約2年かけて創建されました。しかし、知覚禅師は1309年に没とされていたことから、当初は禅寺が創建したことに疑問視されています。

円応寺は東の鎌倉大仏に建てられたようですが、そこから滑川の川岸に移転し、さらに地震や津波によって本堂が破損したため、現在地である山ノ内に移転するなど、移築を繰り返した歴史があります。鎌倉時代の十王信仰を知ることができ、小さいながらも数々の伝説を残している寺院として有名です。

円応寺の見どころについて

・閻魔大王坐像

本尊に安置されている閻魔大王坐像は、鎌倉時代の仏師「運慶の作」と呼ばれる国指定重要文化財です。やや大ぶりで誇張された頭部は鎌倉時代に作られましたが、その他は江戸時代のものと言われています。円応寺で子どもの名前を名付けてもらうと丈夫な子に育つと言われていることから、「子育て閻魔」とも呼ばれています。

・キンモクセイ

正門入口にある石段を上がると、本堂の脇に大きなキンモクセイの木が2本植えられています。10月頃に訪れると、キンモクセイの甘い香りを楽しむことができます。

・閻魔縁日

毎年1月16日と8月16に行われる閻魔縁日は、地獄の釜の蓋が開き全ての亡者が開放される日です。死者を弔うために本堂の閻魔大王様の前でお坊さんたちによる祈祷が行われ、子どもの成長を祈るために大勢の人が訪れる縁日として数々の法要が行われています。

・寺宝

本尊の他、鬼卒立像や十王の各木像、県指定重要文化財の木造奪衣婆坐像などが安置されています。

円王寺までのアクセス方法

【所在地】
神奈川県鎌倉市山ノ内1543

【交通アクセス】
・JR横須賀線「北鎌倉駅」から徒歩で約15分
・「鎌倉駅」からの運行バス「建長寺」で下車し、徒歩で約3分
・「北鎌倉駅」からの運行バス「建長寺」で下車し、徒歩で約3分

【参拝時間】
・3月~11月…9:00~16:00
・12月~2月…9:00~15:00

まとめ

円応寺は、十三信仰の元となる十王が祀られている寺院です。国の重要文化財や「笑い閻魔」「子育て閻魔」と近在の人々に親しまれているため、これまでの行いや思想を懺悔しに訪れる人も多いようです。鎌倉市に史跡めぐりをしに訪れた際には、ぜひ円応寺に立ち寄ってみてください。

重要文化財の阿弥陀三尊像が安置されている光触寺

こんにちは、矢口敏和です。今回は、重要文化財の阿弥陀三尊像が安置されている「光触寺」をご紹介します。

光触寺は、神奈川県鎌倉市十二所に所在する寺院です。1279年に創建され、開基は時宗の開祖「一遍知真上人」、開山は元真言宗の僧侶「作阿上人」とし、当時は念仏道場として栄えていたと言われています。

光触寺の歴史について

鎌倉時代に将軍のお招きで訪れていた運慶が、町局という女性から要求され阿弥陀三尊像が刻まれました。その後、町局は出家し岩殿寺という真言宗の寺院を建立したことで、光触寺に阿弥陀山尊像が安置されることになります。

光触寺はもともと真言宗の寺院でしたが、1279年に作阿上人が開山し時宗に改めたと言われています。本尊である「阿弥陀三尊像」は現在、重要文化財として安置されていますが、別名「頬焼阿弥陀」とも呼ばれていました。盗人扱いされた法師の身代りとして、頬に焼印をつけられたと伝えられています。

本堂の脇には地蔵堂があり、六浦の塩売りが鎌倉に訪れた際に地蔵に塩をお供えしたところ、帰る頃には塩が無くなっていたということから、「塩嘗地蔵」と名付けられたようです。

光触寺の特徴

光触寺は、鎌倉三十三観音第7番の札所として有名な寺院です。境内にある木造阿弥陀如来及両脇待立像3軀と紙本淡彩頬焼阿弥陀縁起2巻は、重要文化財として指定されています。また、絹本著色阿弥陀三尊像1幅と紙本著色頬焼阿弥陀縁起絵巻模本2巻が市指定文化財として祀られています。

ゆったりと静かな境内は、鎌倉市の中で最も穏やかに参拝できる場所です。市街地と違って人の出入りが少なく、周辺も静寂しているので自然と共に楽しむのも良いでしょう。

光触寺までのアクセス

【所在地】
神奈川県鎌倉市十二所793

【交通機関によるアクセス】
鎌倉駅東口より京浜急行バス「鎌倉霊園正門前太刀洗・金沢八景駅行」に乗車してください。鎌倉市「十二所」停留所で下車し、そこから徒歩で約2分の場所にあります。

信号を右に渡り、県道から右に曲がると狭い道があるのでそのまま進むと山門の正門が見えてきます。駐車場があるので自家用車でのアクセスも可能です。

まとめ

光触寺には、国重文の阿弥陀菩薩立像や頬焼阿弥陀縁起以外に鮮やかに彩られた本堂の天井や柱、梁、季節の花々が咲く庭園を拝見することができます。本尊の拝観は予約制となっているので、事前に手続きをとっておくことをおすすめします。鎌倉ならではの風情や史跡の趣を堪能するためにも、一度訪れてみてはいかがでしょうか。

天皇創建の神社、鎌倉宮

こんにちは、矢口敏和です。
鎌倉市にある「鎌倉宮」は、明治天皇自ら命じ創建された日本で唯一の神社と言われています。創建に至った歴史も奥深く、非常に格式の高い神社として有名です。今回は、日本でたった一つの天皇創建の神社で知られる「鎌倉宮」の特徴や見どころについて紹介していきましょう。

鎌倉宮の概要・特徴

明治天皇は、護良親王を祀るために明治2年に鎌倉宮を創建しました。境内には、足利氏により親王が幽閉された宝物殿や土牢、神苑があります。摂社村上社前には親王の身代りになった村上彦四朗義光の木像もあり、身代り様と呼ばれ親しまれています。

鎌倉宮の入り口には、赤と白の大きな鳥居が立っており、周囲の木々や建物の高さに比べ圧倒的な大きさと威厳に見惚れてしまうことでしょう。

鎌倉宮の見どころ

・盃割り舎

大鳥居をくぐり参道を歩くと、厄除けの「盃割り舎」が目に入ります。大きな石のまわりには、砕けた冬季がどっさりと積み重ねられていて、厄除け料を納めて盃を取っていく人たちがたくさん見られます。盃に大きく息を吹きかけて、石めがけて投げつけ粉々にすることで体の中の負が祓いのけるという言い伝えがあります。

・獅子頭の鎮座する拝殿

境内の正面に真っ赤な獅子頭が鎮座している拝殿があります。大きな獅子頭の両脇には小さめの獅子頭が置かれています。獅子は厄を飲みこみ幸せを招くという言い伝えがあるため、参拝者の厄を食べるために祀られているものです。境内には獅子頭のお守りを交通安全のお守りとして授与される方も多いようです。

・御構廟

土牢の奥へ進むと、御構廟があります。護良親王の首が置かれた場所で、御首塚とも言われていますが緑豊かな庭園のような雰囲気の中にあるのでわかりにくいかもしれません。

足利尊氏の弟によって暗殺された護良親王は、暗殺された時の刀を噛み折って、死んでも離さなかったことから足利尊氏の弟は恐れをなしてこの塚に首を置いて逃げ去ったとも言われているようです。

おすすめのシーズン

神苑には紅白一体の草木も多く、ソメイヨシノやオガタマ、アジサイ、ききょう、もみじ、梅など四季折々の草花を見ることができます。中でも「紅葉の天井」と呼ばれる神社前の楓の大木は11月下旬頃からが最も見頃で、鎌倉の紅葉スポットとしても有名です。毎年秋に開催されるか鎌倉薪能の時期をめがけて訪れるのも良いでしょう。

アクセス

アクセス方法は、鎌倉駅から鎌倉宮行きのバスに乗車し、終着点「鎌倉宮」で下車してください。鎌倉宮は、厄除けや歴史探訪にぴったりの神社です。厄除けに限らず、何か一新させたい時などに散策してみるのもいいかもしれません。護良親王がそのまま祀られている壮絶な歴史を間近で辿ってみてはいかがでしょうか。

鎌倉五山の寺院、浄妙寺

こんにちは、矢口敏和です。
鎌倉市には神社仏閣や歴史的遺産が数多くありますが、鎌倉五山で5番目の別格にあたる浄妙寺は、臨済宗の寺院です。今回は「稲荷山浄妙廣利禅寺」と言われる詳名を持つ「浄妙寺」の特徴や見どころについて紹介していきましょう。

浄妙寺の概要や特徴について

浄妙寺は、鎌倉市中心部から横浜市の金沢にぬける金沢街道沿いに位置します。足利義兼・退耕行勇らによって文治4年に創建されました。創建当初は、極楽寺という密教寺院でしたが、月峯了然が住職となってからは浄妙寺と称されます。

境内は南に開けた谷に位置し、西には杉本寺・杉本城跡、東には胡桃ヶ谷、南は衣張山を一望できます。鎌倉五山第五位の寺院として広大な寺地や23ヵ所の塔頭を保有していました。寺には婦人病に霊験のある淡島明神立像が安置され、婦人病に悩む女性が祈願場所として訪れています。

浄妙寺の見どころ

浄妙寺は、鎌倉五山第五位の格式ある寺院であることから国指定の史跡として非常に有名です。枯山水や庭、梅の木の美しさの中に風情ある建物が溶け込んでいる境内となっていますがそれぞれの見どころについて紹介していきましょう。

・本堂

1756年に再建された浄妙寺の本堂は、寄棟造で銅板葺きの屋根が特徴的です。起りと言って膨らんでいるような屋根の形がやわらかい印象に見え、2月に咲く梅の木との組み合わせが非常にきれいです。本堂に祀られているご本尊様は、木造の釈迦如来坐像で、南北朝鮮時代に作られました。この他、お産の神とされている淡島明神立像や退耕行勇坐像も祀られています。

・喜泉庵

喜泉庵は、1991年に枯山水の庭園前に復興された茶室です。かつては寺院で修業していた僧侶たちがお茶を飲む場所とされていましたが、現在はこの場所で抹茶やお菓子を楽しむことができます。枯山水を眺めながらゆっくりお茶の時間を満喫するのも良いでしょう。

・足利貞氏の墓

浄妙寺には、寺院中興の祖と言われている足利貞氏の墓があります。小さな石塔に囲まれた墓は少しこぢんまりとした印象に見えますが、長い時間風雪に耐えた歴史ある風格を感じさせるものです。

・喜泉庵の庭

喜泉庵の庭からは、枯山水だけでなく白石や樹木の鮮やかなコントラストなども一望することができます。

おすすめのシーズン

浄妙寺の境内には、梅やあじさい、コスモス、つつじなどたくさんの樹木や草花があります。春には浄妙寺の門前に桜が咲き乱れ、枯山水庭園では梅の花やボタン、シャクナゲなども咲き、おすすめシーズンは4月上旬から~5月下旬頃までです。11月からいちょうやサルスベリ、ぼたん、つばきなどの紅葉が見頃を迎えます。

アクセス

鎌倉駅から太刀洗方面行の京急バス金沢八景に乗車し浄妙寺で下車してから徒歩数分の場所にあります。

浄妙寺の幽玄の世界を楽しんだ後は、築90年の洋館を改造した石窯ガーデンテラスで天然酵母を利用したパンや鎌倉野菜を使ったパスタを楽しむこともできます。随所に植えられた梅の見ごろを狙って、一度浄妙寺に訪れてみてはいかがでしょうか。

縁切り寺として有名な東慶寺の歴史や特徴

こんにちは、矢口敏和です。今回は縁切り寺として有名な「東慶寺」です。

東慶寺は、縁切り寺として多くの女性たちを救ってきたとされる寺院です。神奈川県鎌倉市、山ノ内の臨済宗円覚寺派の寺院であり、開基は北条貞時、開山は覚山尼であると伝えられています。そんな東慶寺の歴史や特徴、見どころをご紹介しましょう。

縁切り寺・東慶寺

東慶寺は、鎌倉時代に八代執権北条時宗の正室であった覚山尼によって北鎌倉に開山された寺院として有名です。皇族の女性や大名の息女が代々住職を務めており、格式高い寺院となっています。特に江戸時代には、群馬の満徳寺と同様、女性の離婚を支援する縁切り寺として役割を担っていたというのも特徴です。

住職を勤めた女性の中でも天秀尼が有名ですが、豊臣秀頼の娘であり、徳川家康の息女千姫の養女でもありました。1639年、会津騒動が起きた際には、東慶寺まで逃げてきた妻子をかくまって引き渡しの要求にも断固をして応じなかった天秀尼の働きによって、命を免れたと言われています。この頃から、立場の弱い女性を守り続けてきたのではないかと伝えられているのも特徴です。

格式高い東慶寺の見どころとは

■山門

東慶寺は、境内の自然はもちろんのこと、様々な見どころがあります。茅葺屋根の小さな山門は、江戸時代に多くの女性が駆け込んだことで有名です。昔から女性を守り続けてきた山門は、落ち着いた風情があり魅力的です。

■鐘楼

茅葺屋根で風化が進んでいるものの、龍の絵が描かれた天井と吊るされた鐘は室町時代初期に作られたものとなっています。書院本堂の右隣にある書院は、歴史ある風格を見せる建物で、関東大震災後に再建されたものです。

■本堂

本堂は泰平殿と名付けられており、法隆寺の夢殿のような方形造りの屋根で美しい景観の建物です。本尊の釈迦如来坐像が祀られています。

■白蓮舎

立札茶室・白蓮舎では、毎年梅やハナショウブななど、見どころの時期を迎えると茶店が開かれます。参拝客はお茶と上生菓子を楽しみ、四季折々の花を鑑賞することができます。

東慶寺は、今でも多くの参拝客が訪れる格式高い寺院です。また東慶寺の境内は自然が豊かであり、年間を通して様々な花を楽しむことができます。年中行事や体験会開催されるため、毎年多くの人々が訪れます。

長い歴史を持つ東慶寺は、1年を通じて参拝客を魅了しているのです。江戸時代に縁切り寺として多くの女性を受け入れてきた寺院は、現在も日本の伝統文化を手軽に体験できる場所として人々に親しまれています。

鎌倉最古の寺院・杉本寺の歴史や特徴

こんにちは、矢口敏和です。今回は鎌倉最古の寺「杉本寺」をご紹介します。

杉本寺は、神奈川県鎌倉市二階堂にある天台宗の寺院として有名です。本尊は十一面観音で、坂東三十三個所、鎌倉三十三個所の第1番礼所としても多くの方に知られています。そんな鎌倉最古の寺院、杉本寺についての特徴やおすすめシーズンをご紹介しましょう。

杉本寺の歴史と特徴

杉本寺は、鎌倉幕府が開かれる約500年前の平安時代初期に造営された天台宗の寺院です。今でも多くの参拝者が訪れますが、その歴史はどのようになっているのでしょうか。杉本寺は光明皇后の御願によって行基で建立されました。

1189年の境内での火災発生時には、本尊の3体のうち十一面観音像が自ら庭内の大杉の下に逃げたという話も、古くから伝えられています。この頃から、杉本寺は目立った荒廃や廃寺の危機に陥ることが少なくなり、現在に至るまで人々の信仰を集めているのが特徴です。

杉本寺は大蔵山の中腹に山に抱かれるように建っており、秋には樹木も紅葉で美しい景観を見ることができます。

杉本寺のおすすめシーズン

杉本寺では、毎年四季折々の花を楽しむことができます。春は桜やツツジ、夏にはアジサイや百日紅、秋には紅葉、冬にも梅、水仙など多くの花々を見ることができるでしょう。また、以下のような年中行事も盛んです。このような行事の際に訪れるのも良いでしょう。

■灌仏会(かんぶつえ)花祭り

4月に開催される灌仏会花祭りは、花御堂を花で飾ることで、お釈迦様の誕生を祝うものです。お釈迦様が生まれた当時、九頭の竜が天から香ばしい水を吐いて産湯を使わせたという言い伝えが残っています。

そんな言い伝えから現在でも甘茶をお釈迦様の誕生仏にそそぎ、誕生をお祝いしています。また、灌仏会花祭りでは、お釈迦様の誕生を祝った後に甘茶を味わうこともできます。

■四万六千日大祭

毎年8月に開催される四万六千日大祭は、この日にお祈りされると四万六千日のご攻徳があると言われています。

■新年大護摩供(しんねんだいごまく)

年頭にあたり、開運招福・家内安全・身体健全などの願い事を記した護摩木を焚くことで、人々の願いが叶えられるよう祈念していただくものです。毎年この日になると、多くの参拝客が足を運ぶ姿を見ることができます。

杉本寺には、二王門を抜けたところに階段がありますが、苔にびっしりと覆われています。また、人が上り下りする部分がすり減ってくぼんでいることからも、長い時間をかけて大勢の参拝者が訪れた証です。

現在は残念ながら立ち入ることはできませんが、鎌倉最古の寺であることの象徴とも言えるでしょう。鎌倉最古の寺院・杉本寺は、ほかにも魅力が多い歴史のある寺院です。鎌倉ならではの風情や最古の寺院の趣を堪能するべく、ぜひ1度訪れてみてはいかがでしょうか。

鎌倉随一の花の寺、紅葉の名所 瑞泉寺

今回は、瑞泉寺のご紹介です。鎌倉随一の花の寺、紅葉の名所としても知られる瑞泉寺はこれからの季節、花を楽しみたいという観光客が多く訪れます。

瑞泉寺(ずいせんじ)は、錦屏山(きんぺいさん)という山号をもつ神奈川県鎌倉市二階堂にある臨済宗円覚寺派の寺院で、鎌倉三十三観音第6番、鎌倉二十四地蔵第7番目のお寺です。釈迦如来は瑞泉寺の本尊で、開基は二階堂道蘊です。

瑞泉寺は鎌倉幕府の重臣、二階堂道蘊は嘉暦2年(1327年)に夢窓疎石を開山として創建した寺と伝えられ、当初は瑞泉院と号されていました。そしてその後、足利尊氏の四男、足利基氏が夢窓疎石に帰依して瑞泉寺を中興し、寺号を改めました。それ以後、瑞泉寺は鎌倉公方足利家の菩提寺となり、関東十刹に名を連ねています。夢窓疎石が建てたへん界一覧亭は鎌倉五山僧による五山文学の中心となり、江戸時代には徳川光圀がこの地で新編鎌倉志を編纂させたと伝えられています。

瑞泉寺では様々な花を楽しむことができ、瑞泉寺の美しい紅葉も訪れる人の間でとても人気があります。お寺は紅葉ヶ谷と呼ばれる谷戸に位置しており、瑞泉寺境内は季節ごとに様々な花で彩られており、梅やつつじ、牡丹やマンサクなど一年中花が絶えることがありません。特にスイセンは有名で、花の寺というのはスイセンの花が咲く時期の瑞泉寺のことをいうといわれています。

鎌倉の紅葉は12月上旬が見ごろといわれ、瑞泉寺に紅葉を見に行くならこのころがおすすめです。また、イチョウの黄葉を楽しむ場合には11月の下旬ごろ、そして、紅葉は12月1、2週ごろがベストシーズンだといわれています。鎌倉は海に近くて温暖な気候でもあり、紅葉の時期は遅めといわれます。

瑞泉寺へは、JR横須賀線・江ノ島電鉄鎌倉駅から京浜急行バスで10分、大塔宮(鎌倉宮)で下車し、その後、徒歩で15分くらい歩くとアクセスできます。

鎌倉駅から徒歩で向かう場合には約35分かかります。また、瑞泉寺には無料駐車場が10台分ありますので、車でアクセスする場合には空いていれば利用することが可能です。

近くに有料パーキングなども見つけられます。瑞泉寺の開門は午前9時、閉門は午後17時、最終入門は午後16時30分となっていますが具体的な詳細については訪れる前に確認しておくと安心です。

瑞泉寺には拝観料が必要で、拝観料は大人が200円、高校生が200円、小中学生が100円、未就学児童は無料となっています。30人以上の団体になると、大人が150円、高校生が150円、小中学生が50円、未就学児童は無料です。

鎌倉随一の花の寺として知られる瑞泉寺は、これからの季節花を楽しみたいという観光客も多く訪れ、鎌倉を訪れたらぜひ訪れてみるのがおすすめのお寺の一つです。

矢口敏和一押し、みどころ満載の円覚寺

今回は、円覚寺のご紹介です。北鎌倉駅のすぐそばにあり、広々として重厚な感じのお寺です。紅葉の季節以外でも、緑がとても綺麗です。私、矢口敏和も一押しのお寺です。

神奈川県鎌倉市は、およそ800年前に源頼朝が、日本で最初の武家政権となる鎌倉幕府を開いた場所です。市の中心部から北へ約2キロ、JR北鎌倉駅のすぐそばにあるのが、円覚寺です。鎌倉五山第二位の臨済宗円覚寺は、1282年北条時宗によって建てられた禅寺です。

総門をくぐると、石段の上に堂々とした山門がそびえています。悟りに至るため通過しなければならない3つの関門「空・無想、無作」を表していると言われています。山門を抜けると石段の先に、仏殿「大光明宝殿」が見えてきます。仏殿の中には、宝冠釈迦如来像が安置されています。

円覚寺の伽藍は、幾度かの火災や地震により失われ、その度毎に仏殿は再建を繰り返してきました。しかし、安置されている釈迦如来像は、災害の中でも人々の手により守られてきました。仏像の頭部は、建立当時のままの姿を今に残しています。

元の襲来により亡くなった敵味方数万に及ぶ魂の救済を願って、北条時宗が国家鎮護のために円覚寺が創建されました。明治時代には、禅の教えに惹かれた文人たちが円覚寺を訪れるようになりました。夏目漱石は、居士林での座禅体験を小説「門」の中に書いています。

境内を奥に向かって進むと、北条時宗の廟所「佛日庵」があります。鎌倉時代、18歳という若さで国家の行方を決める地位に就いた北条時宗は、蒙古からの圧迫に苦しんでいました。この時、時宗を支えていたのが、中国から招かれた法曹蘭渓道隆が教える禅の教えだったのです。

正続院は、国宝舎利殿、開山塔、禅堂の3つのお堂で構成されています。舎利殿は、こけら葺き、入母屋造りの高い屋根を持つ繊細で装飾的な構造で、日本の禅宗様を代表する傑作です。お堂の中央には厨子が置かれ、仏牙舎利が安置されています。舎利殿の奥には、様々な苦難を乗り越え中国から渡ってきた仏光国師・無学祖元を祀る開山堂があります。

円覚寺は、通年を通して人気のあるスポットですが、特に秋は紅葉スポットとしても多くの観光客で賑わいます。境内には、「安寧」というカフェもあり広い円覚寺内を散策する際の休憩所として人気があります。円覚寺はかなり広いので、最低でも1時間はみた方がよいでしょう。座禅体験もできますので、興味のある方はトライしてみるのもいいですね。

拝観時間は、3月から1月は朝8時~午後4時半までとなり、12月~2月までは午後4時までとなっています。

北鎌倉には他にも、かけこみ寺と呼ばれていた尼寺東慶寺、あじさいが美しい明月寺、建長寺など見ておきたいお寺がたくさんあります。